パワー競争:ホンダは如何にしてメルセデスに迫ったのか、対するメルセデスの反撃とは

出典:

www.formula1.com

 選手権を懸けた戦いは、ルイス・ハミルトンマックス・フェルスタッペンによるトラック上での争いにとどまらない。メルセデスレッドブル、そしてホンダ、それぞれの本社とファクトリーも巻き込んでいる。今週の Tech Tuesday では、マーク・ヒューズパワーユニットの覇権を争う二強に注目する...

 メルセデスレッドブルの開発競争は、目に見えるかたちで繰り広げられている。RB16B の極めて広範囲にわたる空力アップデート、W12 のイモラとシルバーストンでの特徴的なボディワークパーツがそうだ。しかしこの争いは、メルセデス HPP とホンダとの、最高のパワーユニットを懸けた戦いでもある。

 この戦いは、ボディーワークの裏側に隠れた重要なコンポーネントであるが故に、なかなか目には見えてこない。シーズン中のパワーユニット開発にはホモロゲーション制限がかかっており、また、シーズンあたり3基というルールもあり、標準となるユニットへの大掛かりな開発はオフシーズンにおこなわれた。今年のレッドブルメルセデスは両者とも、2020年より大幅にパワーを上げてきている。

 これらの進歩の裏側には何があるのだろう? ホンダは、大掛かりな変更をおこなった。RB16B に搭載されている Honda RA621 は、以前の PU と比べて小さく、そしてパワフルになっている。これは本来、今年に予定されていた新しい空力世代のマシンを想定したパワーユニットだった。このレギュレーションが感染拡大への対策として1年延期されたため、この新型パワーユニットも先延ばしになっていた。

 その後、ホンダが今年いっぱいでの F1 撤退を公表したため、新型 621 は日の目を見ないものと思われた。

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2021年のホンダのパワーユニットは、2022年に延期された、新時代の F1 を前提としていた。図は、2022仕様のマシンにレッドブルのカラーリングをレンダリングしたもの。

 幸いにも、HRD sakura の責任者である浅木泰昭は、参戦最終年はこの新設計を投入し、全力を挙げて最高の結果で締めくくるよう、上層部を説得することができた。

 このコンセプトの鍵は、PU の内燃エンジンが生み出すパワーと回生量の優先順位を再検討したことである。これにより、様々な効果が得られた。

「近代 F1 のパワーユニットは、排気によって生成した電気エネルギーを利用する、非常に複雑なシステムです」エンジン発表にあたり、浅木はこう語っている。「つまり、エンジンの高効率、高出力化を狙うだけでは十分ではありません。エネルギー保存の法則により、クランクで馬力を上げると、排気エネルギーは減少します。新骨格では、これらを両立させることを目指しました」

「MGU-H は排気をエネルギーとして再利用するシステムです。この MGU-H による回生パワーの総量は(レギュレーションでは)制限されていません。今シーズンは、ここが勝負の分かれ目となります。電気モーターによってターボのブースト圧を上げ、ウエイストゲートを開くと、排気圧が下がり、パワーが発生します。e-boost と呼んでいますが、使うにあたっては、複雑な電気エネルギー管理をおこない、競争力の最大化を狙います」

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ホンダレーシングのパワー開発の責任者、浅木泰昭(右)とアルファタウリ(現トロロッソ)代表のフランツ・トスト(左)

 このことから察するに、内燃機関にとって、排気の背圧(排気経路での抵抗)は問題になっていないのだろう。通常、燃焼室の出力を上げると背圧も増すが、燃焼室での上昇分が背圧の増大による損失よりも大きければ、問題はない。その差が減少し、やがて負に転じるポイントに至るまでは。

 しかし、どれくらいの排圧を許容できるかを再評価(MGU-H の新しいソフトウェアが背圧を利用するため)した結果、ホンダの PU 設計者は、燃焼室を根本的に見直すことができた。

 バルブの角度を大きくしたことで、エンジンの出力特性が変化するだけでなく、シリンダーヘッドを浅く、カムシャフトの位置を低くすることができた(直径や、摺動抵抗も小さくなっている)。また、ブロックの材質を変更することで、シリンダー間の距離を縮めることができ、エンジンを更にコンパクトにすることができた。

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RA621H の新レイアウトの略図。ホンダレーシング提供

 結果として、パワーユニットは2015年の初代 Honda “サイズゼロ”(ターボをエンジンのV角に収めてコンパクトにしていた)よりも更に小さくなり、しかも昨年よりパワフルになっている。2020年のメルセデスすら、確実に超えてきた。つまりメルセデスにとって、新型の M12E でパワーユニットを大幅に向上させることが不可欠になっていたのだ。

 メルセデスでは、前述のホンダのものとはまったく異なる手法が用いられた。内部の変更に関する詳細は乏しいが、メルセデス(とアストンマーティン、下図)のエンジンカバーにある不格好な膨らみが、パワーアップの重要な要素と関連していることは、窺い知ることができる。この膨らみに収められているのは、吸気プレナム内の独特なチャンバーと考えられている部品だ。ここには燃焼室へ送り込む空気が予め入っている。このプレナムチャンバー内の空気は、“過冷却”されている。

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アストンマーティン AMR21 の独特な膨らみ

 過冷却とは、液体が本来凍結する温度よりも冷やされているにもかかわらず、液体のままでいることを指す。チャンバーの壁内は過冷却された冷却液が循環しており、チャンバー内の空気を更に冷やしていると考えられている。低温の空気ほど酸素の含有量が高く、燃料と混合した際の爆発力が大きくなる。

 メルセデスは、ターボの排熱の利用方法の再検討もおこなった。「これらの変更は、クランクの出力、引いてはパワーユニットの性能に対し、最も大きな影響を与えているだろう」と、W12 のローンチにあたり、メルセデス HPP の責任者であるハイウェル・トーマスは語っている。エンジンブロックに新しい合金を採用したのは、年々パワーが増大することで、2020年に顕著になり始めた歪みに対応した、信頼性の向上が目的となっている。

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メルセデス HPP の初代から5代目までのハイブリッドエンジン、左が2018年のもの。2018年からの進化は大きいと思われる。

 可変吸気トランペット ― 全ての F1 エンジンに標準的に採用されており、負荷や必要なトルクに応じて吸気量を調整する ― は、M12E において、巧妙な巻貝のような配置によって、更にコンパクトになっている。

 これらの改良によって、ふたつのパワーユニットのパワーバランスがどのようになるかは、今シーズンの焦点の一つである。どちらが有利であるかの結論はどこにもなく、各サーキットでそれぞれのチームが異なるダウンフォースレベルで走り、それが接戦になっていることが、問題をややこしくしている。

 フランス、オーストリアの連戦では、ホンダが前に出ていると思われた。シルバーストンでは、メルセデスがわずかに前に出たようだ。拮抗しており、どのような争いが繰り広げられるのか、シーズン後半が楽しみだ。