即興?―メルセデスとレッドブルがベルギーGPでおこなった劇的なセットアップ変更とは

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 ベルギーグランプリは大雨に見舞われたが、それでもメルセデスレッドブルは、日曜へ向けて多くのセットアップ変更をおこなっていた。マーク・ヒューズが、ジョルジョ・ピオラのイラスト共に、週末を通じてチームがどのような合わせ込みをおこなったのかを解説する。

 日曜日が天候により削減されたベルギーグランプリでは、各チームが繰り出した様々なウィングレベル選択を確認することができた。

 前回取り上げた通りスパ・フランコルシャンサーキットでは、それぞれ理由のある様々なウィングレベルが選択された。これらは、予選と決勝、攻めるのか守るのか、あるいはウェットかドライかによって、その効果が異なる。

 メルセデスレッドブル・ホンダによるタイトル争いでは、そのつばぜり合いが予選やプラクティスにも及んでおり、各々が勝利への道を探るため、持てる手を全て出すと共に、ここが重要なのだが、相手が何を選択してくるのかを互いに思案している。

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7km のスパ・フランコルシャンサーキット。3つのセクターは、チームをジレンマに陥れる

 セクター1と3(上図)の長い全開区間は、本質的にメルセデスのようなローレーキ・カーと相性が良い。レッドブルのようなハイレーキ・カーよりもドラッグが基本的に少ないからだ。つまり、同じウィングレベルとパワーであれば、メルセデスはドラッグが低くストレートエンドでレッドブルよりも速い。しかし、レッドブルの角度のついたアンダーフロアは、同レベルのウィングでより大きなダウンフォースを生み出し、ミドルセクターのカーブで取り返すことができる。

 大きく異なるデザインと、(マシンのコンセプトによって)空気に触れる角度が異なるため、同じウィングレベルかどうかを見極めるのは簡単な問題ではなく、主翼の面積やフラップの角度だけで正確に判断するのは不可能に近い。

 しかし、それぞれのチームが持ち込む同じ系統のウィングであれば、ハイダウンフォースとローダウンフォース、正確に言うと、ローダウンフォースと更にローダウンフォースのウィングを直接比較することができる。

 レッドブルのマシンコンセプトは、スパのような他のトラックと比べてロードラッグが有利でダウンフォースはそれ程でもないサーキットでは、本質的に不利になる。薄いウィングセッティングであっても、クルマのドラッグが大きいからだ。言い換えると、レッドブルは、最も薄いリアウィングを選択したとしても、スパでは十分にドラッグを減らすことができない。少なくとも、メルセデスと比較する場合においては。

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レッドブルは FP3 で最もスリムなウィングで走行した

 このように、それぞれが持ち込むリアウィングの許容範囲が決まる。メルセデスのウィングは標準的なデザインで、レッドブルのスプーン型のウィングよりも主翼の面積が広い。

 ローレーキコンセプトのメルセデスは、クルマはレッドブルよりもドラッグが小さく、必要な設定範囲を得るのにウィングの角度調整だけで済むようだった。ハイレーキ・カーが同じウィングを使った場合のように、ストレートで不利になることなく、妥当なダウンフォースを得ていた。

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上はスパでの最も低ダウンフォースのスプーンウィング、FP3 で使用したもの。下はフラップ角が大きく深いスプーンのウィング、予選と決勝で使用した。

 レッドブルは、ふたつの“スプーン”型の主翼を交互に使っていた。“スプーン”型とは、言葉の通り、中央部は深いが、外側が非常に浅くなっている形状のことだ。ダウンフォースが大きいほうのウィングは、大きなスプーンの面積を持ち、主翼の上にあるフラップも、大きな角度にすることができる。ダウンフォースが小さいほうのウィングのフラップは、ほぼフラットで、モンツァに合うだろう。

 メルセデスの薄いほうのウィングでさえ、レッドブルの厚いほうのウィングよりも、主翼の面積が大きい(即ち、ダウンフォースも大きいと推測される)。しかし、メルセデスのウィングは余計なドラッグを生み出していない。クルマのコンセプトがローレーキだからだ。同じ理屈で、レッドブルは同じダウンフォースを得るのに、厚いウィングを使う必要がないとも言える。ハイレーキコンセプトによって、アンダーボディから、メルセデスよりも大きなダウンフォースを得ているからだ。

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ピットレーンスタートとなったペレスのウィング(下図)は更に大きく、この図のようにそこまでにフェルスタッペンとペレスの二人が使ったスプーンとは別系統のものだった。予選では、フェルスタッペンのウィングにガーニーフラップが取り付けられていた。

 FP1では、メルセデスは選択を分け、バルテリ・ボッタスが低いダウンフォースで、ルイス・ハミルトンが高いダウンフォース(下図)で走行していた。このセッションはほぼドライコンディションで、ハミルトンは大きなウィングではストレートで遅すぎると感じていた。

 金曜午後のFP2も、スリックで走るのに十分なドライコンディションが殆どで、メルセデスは2台とも、ふたつのうちダウンフォースが低いほうのウィングで走行した。このウィングで、メルセデスはケメルストレートエンドで 326/327km/h(PU のパワーを上げてきた時は 332km/h)に到達していた。

 レッドブルは、金曜フリー走行では、ダウンフォースが大きいほうのウィングを選択した。このウィングでのケメルストレートエンドの速度は 321-322km/h で、メルセデスよりも約 5km/h 遅かった。

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FP1 で使われた、メルセデスの高・低ダウンフォース仕様のウィング。ハミルトンはダウンフォースが高いフラップで、外側まで深いフラップになっている...

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...それに対し、外側が調整されフラップ角の浅いボッタスのもの。こちらは裏側の深さも浅い。

 土曜午前のFP3は、終始ウェットコンディションで、主にインターミディエイトタイヤでの走行となった。メルセデスは2台をダウンフォースが大きいほうのウィング(ハミルトンがFP1で使用したもの)に切り換えた。驚いたことにレッドブルは、極めて角度の浅いフラップと小さな主翼を持つ、ダウンフォースが小さいほうのウィングを試していた。これらのウィング選択(即ち、メルセデスは基本的にダウンフォースが大きいウィングの中からより大きいほうのウィングを選び、レッドブルは基本的にダウンフォースが小さいウィングの中からより小さいほうを選ぶという、両極端の状況)により、ストレートエンドの速度は、メルセデス 319km/h、レッドブル 318km/h となった。

 これら2チームそれぞれの選択で、フェルスタッペンは上位のタイムを出したが、彼のラップはメルセデスの2台がベストタイムを出した時よりもトラックの状態が良い時のものだった。つまりまだ見通しは立たないままで、お互いがお互いを監視し、一方の選択がもう一方に大きな影響を与えかねない状況だった。

 天気予報では日曜にかけて大雨が続くとなっており、予選前のウィング選択は結局、選べる中でダウンフォースが高いものとなった。付け加えると、メルセデスはウィングのエッジにガーニーフラップを付け、ダウンフォースを追加していた。レッドブルは金曜日に使っていたウィングに戻したことになる。

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セルジオ・ペレスのクルマに取り付けられた従来のウィング。グリッドへ向かうラップでの事故から修復し、ピットレーンからスタートすることができた

 予選でのコンディションは、インターとフルウェットの間で変化し、Q2が最も良かった。バルテリ・ボッタスは大きなトゥを得て、ストレートエンドで最速の 320km/h を記録したが、これは比較の対象から外すべきだ。より妥当な比較で、ハミルトンの 313.5km/h に対し、フェルスタッペンは 310.7km/h となった。

 これらの速度は午前中のセッションよりも遅くなっているが、より濡れたコンディションにより、オー・ルージュで大きなリフトが必要になり、単純にストレートに入る速度が遅くなったためだ。

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メルセデスが予選と決勝で選択したウィングは、元々ハミルトンが FP1 で使用したものだが、フラップの支柱後方でのV字が浅くなっており、ガーニーフラップも取り付けられている

 ストレートの入口から出口まで(ラディヨンを抜けてから丘の上まで)にどれくらい速度が上がったかを比較すると、レッドブルが 9.6km/h、ハミルトンのメルセデスは僅か 5.9km/h だった。これは両方のチームが大きめのウィングで走行し、メルセデスよりもレッドブルのほうが(本質的にドラッギーなコンセプトにもかかわらず)ドラッグが小さかったことを示唆している。オー・ルージュからラディヨンの複合コーナーでは、フェルスタッペンはハミルトンよりも 6.5km/h 遅かったが、ストレートエンドでは 2.8km/h 遅いだけだった。

 そしてフェルスタッペンが、カーブの多いセクター2を支配できた(メルセデスに 0.3秒の差をつけたポールに繋がった)のは、彼のパフォーマンスと、レッドブルがアンダーボディで生み出すダウンフォースによるものだ。ちなみに、ウィリアムズのジョージ・ラッセルは、3つの中から中間のウィングを選択し、ラディヨンとストレートエンドの速度差は 7.2km/h だったので、この日のドラッグレベルは、メルセデスレッドブルの間に位置していたと思われる。