サンパウロでのハミルトンの激走は、新品のエンジンによるものなのか?

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 ルイス・ハミルトンは予選でトップに立ったものの失格となり、スプリントで順位を15回復し、そこからエンジン交換によるペナルティを受け、決勝で順位を10上げてサンパウログランプリに勝利した。どうしてこんなことが出来たのか? マーク・ヒューズが、メルセデスのドライバーを後押しした事実を確認する。技術イラストは、ジョルジョ・ピオラ提供。

 直近の2レースでレッドブルに凌がれていたメルセデスだが、サンパウログランプリの週末なると、見事なまでの立ち直りを見せた。スプリントに向けた金曜の予選、ルイス・ハミルトンはこの短いコースでマックス・フェルスタッペンレッドブルに 0.438秒差をつけて最速だった。

 DRS の違反によりスプリントのグリッドを最後尾まで落とされたにもかかわらず、ハミルトンはたった24周で5番手まで上がってきた。更に内燃エンジン(ICE)交換により、日曜日は5グリッドのペナルティを受け10番手からスタートしたが、メインレースで素晴らしい勝利を挙げる妨げにはならなかった。

 メキシコシティグランプリから7日間で、このようにクルマのパフォーマンスが劇的に入れ替わった要因は何なのだろうか?

新品のICE

 ハミルトンは、インテルラゴスで今シーズン5基目の内燃エンジンを投入した。周知の通り、シーズン後半でのメルセデスは、パワーユニットの信頼性に問題を抱えている。この問題は原料の特定ロットに起因しており、エンジンのボトムエンドに亀裂が入ってくるものと考えられている。

 メルセデスは、ハミルトンの PU4(イスタンブールで投入)と PU5 において、この問題の大部分は解決済みと考えている。5基目のエンジンを投入しないと、PU4 で投入後の全7レースを戦うことになる。

 しかし、原因を完全に特定できていない別の問題として、新しいエンジンで走行を重ねた際の出力低下が、想定よりも大きいことがある。「エンジンにデグラデーションがある」と、トト・ウォルフはサンパウロで認めた。「これはシーズン末まで続く。我々は出力がじわじわ低下していくのを見ているしかないんだ」

 ブラジルでのハミルトンのように新品のエンジンを投入することで、まずは顕著なパワーの向上を得られるが、今のハミルトンは4レースで2基のパワーユニットを持っており、ブラジルでは PU5 を通常よりも高いパワーモードで使うことができ、5グリッドペナルティを埋め合わせた。

 昨年のモンツァ以降、予選で選択したモードを残りの週末で使用しなければならない。高出力モードはエンジンの寿命を多く消費するが、残り少ないレースで新しいエンジンをプールすると、このトレードオフの妥協点をより高出力側に持って行くことが出来る。

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ウォルフはメルセデスのパワー低下を懸念しており、ホーナーはホンダの信頼性を称えている

「ホンダの PU が優れている点の一つに、エンジンを使い切るまで殆どパワーの低下が見られないことがある」と、レッドブルクリスチャン・ホーナーは語っている。「新品とマイレージ終盤との差は、僅か0.1秒ほどだ。これは(メルセデスよりも)良いと思う」

 レース後、マックス・フェルスタッペンはハミルトンのパワーアドバンテージについて語っている。「新しいエンジンには間違いなくある程度のパフォーマンス向上があるけど、それは徐々に元に戻っていく。だからね、確かに今は劇的に見えたかもしれないけど、ちょっとずつ普通の状態に戻ると確信しているよ」

 ハミルトンはチームメイトのバルテリ・ボッタスと同じ大きなリアウィングで走行しており、金曜の Q3 での最速の予選タイムは、二人ともトゥの無い、クリーンエアでの走行だった。このことは、ハミルトンの新しいパワーユニットとボッタスのものを比較する有効な基準となる。ボッタスのパワーユニットはメキシコグランプリの週末を走り切っており、より保守的なモードで走行していると考えられるからだ。

 スタート/フィニッシュラインでのハミルトンは6番目に速い323.8km/h、ボッタスは11番手の320.3km/hだった(フェルスタッペンは最も遅い316.1km/h)。一方、ターン1手前のスピードトラップに到達したところでは、ハミルトンは更に3.7km/h加速、対するボッタスは1.7km/h止まり(フェルスタッペンは2.6km/hの加速)だった。通常、初速が高いと加速は鈍る傾向になる。空気抵抗は速度の2乗に比例するからだ(ボッタスとフェルスタッペンの比較を参照)。ハミルトンのように、高い初速から更に加速しているなら、パワーのアドバンテージがあったと考えるべきだろう。

ディフューザーのストール

 メルセデスは特定の速度を超えるとリアの車高を沈ませることができるようになってから、ストレートラインスピードが大きく向上したように見える。これはイスタンブールの後方カメラで確認できる。すべてのクルマがやっていることだが、メルセデスは他よりも大きな効果を得ている。

 ストレートで速度が上がるにつれ車体への荷重が増す中で、予め設定された速度に達すると、リアサスペンションの動きで車体が沈み、ディフューザーがストールする。これによりダウンフォースは失われ、それに伴いドラッグも減少し、ストレートラインスピードが向上する。一度減速すると、車高も元に戻る。車体が沈む速度と負荷の閾値は、車高とサスペンションのセッティングによっておこなう。この設定速度は、そのサーキットの最速コーナーの速度よりも高くなければならないことは、明白である。

 さしたる高速コーナーが無く、ジュンカオンからセナS まで長く抵抗負荷のかかるインテルラゴスでは、このシステムが非常に効果的だったと考えられる。

 このシステムは、大きなダウンフォースによるストレートラインスピードへの悪影響を最小化するため、これを使用しない場合に比べて大きなリアウィングで走ることができる。メルセデスはこれまで、インテルラゴスではハイダウンフォース仕様のウィングを使っていたが、今年は、前回の2019年開催よりも更に大きな、フラップ面積を最大にしたハイダウンフォース仕様のウィングで走行していた。

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メルセデスの今年のフラップ(下)は、2019年(上)と比較して僅かに深い。同じデザインのウィングだが、高さが拡張されているのが確認できる

 これにより、ダウンフォースが要求されるインテルラゴスのセクター2 で、彼らはかなり速かった。セクター2 は、ダウンフォースが大きい、レッドブルのハイレーキカーの方が速いと考えられていた。予選でのレッドブルは、このセクターでタイヤがオーバーヒートし、アンダーステアに見舞われたため、このアドバンテージは顕著になった。

 しかも、このディフューザーのストールによって、ローレーキカーに大きなレーキをつけることが容易になり、正反対の空力哲学によるダウンフォースも享受できるようになる。2021年のレギュレーション変更によって、メルセデスから最もパフォーマンスを奪ったのは、フロアの削減ではなく、ディフューザーとブレーキダクトのベーン長の制限だった。これらのデバイスを抜ける気流が理想的にリンクすれば、マシン後方でのダウンフォース生成がより効率的になる。

 ハイレーキカーにおいては、ディフューザーがブレーキダクトに近いため、これらの気流をうまくリンクさせられる。これはローレーキカーではかなり難しいことだ。

 ストレート区間でレーキが小さくなるディフューザーのストールは、他の場所ではレーキ角を大きくすることができ、ディフューザーとブレーキダクトの連携を強化しているのだろう。これはインテルラゴスのように、ディフューザーのストールが有効なサーキットレイアウトにおいて、メルセデスのスピードがブラジル以前の2レースとは違っていたことの説明になる。

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メルセデスはローレーキカーの短所と言える特徴を、ディフューザーのストールで埋め合わせている
リアウィング

 レッドブルは、今シーズンの序盤に導入されたフレキシブルリアウィングの制限に対し、メルセデスが巧妙な対処法を見つけ出していると信じている。クルマのボディワークにはマーカーが貼られており、ウィングのたわみは後方のカメラに捉えられるため、それが何であるかを想像するのは困難だ。しかし、何らかの方法でウィングの裏面がたわんでいたとしたら?

 マックス・フェルスタッペンは、パルクフェルメ下にあるハミルトンのクルマのリアウィングに触れてしまい、50,000ユーロの罰金を課された。彼は理由を尋ねられると、正直にこう語っている。「リアウィングのあの場所が動いてたのが見えていたんだ。シーズン序盤、リアウィングが後方に傾いているってことで、(僕たちは)ウィングを変える必要があった。でも、(メルセデスは)依然として後ろに傾いているように見える。だから確認しようと思ったんだ」

 チームは常に、レギュレーションによる制限に対する、巧妙かつ合法な抜け道を探求しており、これはその一環だろう。

 しかし、レッドブルのこの見解と、ハミルトンがスプリントのグリッドを最後尾に下げられた DRS の不適合とは、無関係だ。DRS の隙間が、レギュレーションで定められている 85mm より、右端だけ 0.2mm 大きかったことが理由だが、これがラップタイムに及ぼす影響は殆どないため、予選でのハミルトンの大きなアドバンテージを説明することはできない。

 仮に 85mm の DRS がラップタイムで 0.5秒相当の価値があるとすると、(実際とは異なり、全幅にわたり 0.2mm 大きいと仮定したとしても)85.2mm の価値は理論上 0.5001秒相当(訳注:0.501秒と思われる)で、言い換えれば、合法なクルマでのラップより1周 0.001秒しか得をしていない。

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サンパウロGP でのハミルトンのリアウィング、黄線は、DRS により主翼が開く 85mm のライン

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DRS が開いた時の断面図。2019年のリアウィング
バランスとタイヤ

 メルセデスは、インテルラゴスで2年前よりも良いセットアップを見つけていた。基礎から抜本的な見直しをおこなった結果で、オースチンやメキシコよりもクルマのバランスが良く、タイヤもうまく管理できていた。

 パワーユニットディフューザーのストール、そしてシャシーバランスの組み合わせによって、ハミルトンはマシンのパフォーマンスを解き放ち、スプリントとグランプリで24台ものクルマをオーバーテイクすることができたのだ。