メルセデスのストレートラインスピードはパワー増加によるもの? あるいはそれ以外?

出典:

www.formula1.com

 ここ数戦、メルセデスレッドブルに対してストレートで差を詰めている。これはパワーによるものだろうか。それとも、他の緻密なエンジニアリングによるものだろうか。マーク・ヒューズがこの点を掘り下げる。技術イラストはジョルジョ・ピオラ提供。

 6月のフランスグランプリを振り返ると、レッドブルは薄いウイングを使ってストレートとラップ全体の両方でメルセデスよりも速かった。トト・ウォルフは当時、こう語っている。「我々があのような薄いウィングで走ったら、ストレートで稼ぐよりも多くをコーナーで失ってしまうだろう」RB16B は、あらゆる点で優れたエアロパッケージと思われていた。

 2週間前のイスタンブールでは、メルセデスはストレートでレッドブルよりかなり速く、ラップタイムではコンマ何秒も上回っていた。7月のイギリスグランプリでパフォーマンスを上げて以来、このような状況が何度か繰り返されている。

 これはパワーの増加によるもと考えるのが最も自然で、現にクリスチャン・ホーナーとヘルムート・マルコ博士は、何があったと確信していた。「メルセデスは、彼らが得ているダウンフォースを考えると、ストレートで速すぎる」と、ホーナーはトルコで語っていた。「シルバーストン以降注目してきたが、解せない何かがある」

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メルセデスとライバルのトルコでのストレート区間の比較、金曜プラクティスのデータ

 当のメルセデスは、パワーの上昇はないと主張している。シルバーストンで投入した大規模なエアロのアップグレード、これは W12 最後の大きな開発とされており、これが違いを生んでいるとの推測がある。しかし、エアロのアップグレードによって、ストレートラインのパフォーマンスがこれほど劇的に上がるものだろうか?

 イエスと言えるかもしれない。メルセデスが、ディフューザーを今より劇的に失速させることで、ローレーキコンセプトの利点を最大限引き出すことが出来たとしたら。

 チームは15年、あるいはそれ以上の期間で、ストレートラインの速度を上げるために、ディフューザーを失速させる研究を積み重ねてきた。最後尾のディフューザーを含むアンダーフロアによって、車体の裏側に、その上よりも低圧の気流が生まれ、これが車体にかかるダウンフォースとなる。この効果は、ローレーキのクルマよりもハイレーキの方が大きい。

 車速が増すと、速度の2乗に比例してアンダーフロアとリアウィングでのダウンフォースが増加するように、マシンのリアがサスペンションに押し付けられ、フロアのレーキ角も浅くなる。速度が上がり続けている以上、ダウンフォースも生まれてはいるのだが、フロアの角度が浅いと、レーキ角が最大の時と比べて、その増加は極端ではなくなる。

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速度が上がるとリアが沈む

 マシンのリアを低くしていくと、ある程度でディフューザーが失速し、床下での低圧が誘発されなくなる。これはダウンフォースを大きく失うことを意味するが、同時にドラッグを減少させることにもなる。これによって、ダウンフォースが不要のストレートでは、車速が増すことになる。

 これは極めて難解なエンジニアリングで、多くの強力なシミュレーションツールが必要になる。失速するポイントは、最も速いコーナーでの車速に接近しないよう、トラックごとに調整できなければならない。ダウンフォースはストレートでは不要だが、コーナーでは必ず必要になる。

 レギュレーションによって、ディフューザーの傾斜角(即ち、その性能)は固定とされているが、レーキ角が大きいクルマほど、フロア全体に大きな角度がつくことになり、走行中のディフューザーの傾斜角も実質的に大きくなる。角度の大きいディフューザーは、リアの車高が大きいときに最大の効果を発揮すると言われている。

 ローレーキのメルセデスディフューザーは角度が浅く、低めの車高で良く機能する傾向にある。しかし、車高が低いと、失速もしやすくなる。

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メルセデスのバージボード比較、オーストリアGP(上)とシルバーストン(下)

 メルセデスはシルバーストンでのアップグレードで、フロア前方に大きな変更を加えてきた。フロアエッジの形状変更、ディフレクターの角度変更に合わせて、バージボードが再設計された。フロア前方のこの部分で気流を更に引き抜こうという狙いが読み取れる。

 クルマに当たる気流は、車体周辺を抜けるものと、床下へ向かうものがあるが、総量は限られている。これらの変更によって、その比率を変えた可能性が高い。

 これにより、低速でもディフューザーを失速させられるようになったのか? より低い速度で失速するポイントを得られているとしたら、ドラッグは削減されるだろう。より大きなウィングで走行しても、同程度のストレート速度を得られるし、同じウィングなら、ストレートは速くなる。

  このことで各トラックに応じてディフューザーを失速させる調整が遥かに容易になり、その影響を受けやすいトラックでは、ストレートラインの速度が著しく向上するとが考えられる。

 ただし、以上は単なる仮説に過ぎず、単にパワーが増しただけなのかもしれない。