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2021年のメルセデスは、ハイブリッド世代になってから最大のチャレンジに直面した。レッドブル・ホンダが勢いを増してきたことと、レギュレーション変更は、メルセデスのローレーキの空力コンセプトに対し、他とは不釣り合いのインパクトを与えたからだ。
シーズン序盤、メルセデスは大半のレースでレッドブルに次ぐ2番手だった。開幕9戦は3勝止まりで、残りの6戦はレッドブルに勝たれ、モナコからオーストリアまでは5連勝を喫した。
ルイス・ハミルトンとマックス・フェルスタッペンとの残念なクラッシュよりも多くの意味で、シルバーストンが分水嶺となった。イギリスグランプリは、メルセデスにとって技術面での転機でもあったのだ。強力なアップグレードによって、レギュレーション変更のため手を付けられなかった、ローレーキコンセプトが持つアドバンテージを最大限に引き出すことができた。
シルバーストン以降はメルセデスが優位に立ち、純粋なパフォーマンスで比較すると、残り13戦で6勝以上はできたと考えられる。予選は更に典型的で、シルバーストンからの13戦で8回のポール・ポジションを獲得している。一方のレッドブルは、4回止まりだ。
それでは、'21年のメルセデスの技術面での歩みを見ていこう...
レギュレーション変更への対応
基本設計では、シャシーは前年を踏襲しつつ、レギュレーションによるフロア、ディフューザー、リアのブレーキダクトの制限に対して、次のように対応した。
- リアサスペンションを更に改良し、ディフューザー周辺に更に多くの気流を送り込む
- Z形フロアエッジの導入(後に広くコピーされる)
開発トークンは、2020年型マシンのノーズ周辺を変えるために消費されたが、アドバンテージをもたらさないという判断で、一度も使用しなかった。
レギュレーション変更とは無関係だが、パワーユニットも大きく改良している。
リアサスペンション
2020年のメルセデスは、ロワウィッシュボーンの前側のマウントをギアボックスからクラッシュストラクチャに移すことで、リアサスペンションを大きく後退させ、空力的に大きなゲインを成し遂げた。これはレッドブルも '21年型マシンにコピーしたが、メルセデスは '21年の W12 で、更に一歩前進させた。
ロワウィッシュボーンは、もはや接続されておらず、分離されていたのだ。これにより、リアの接続部は更に後方、やや高い位置となり、コークボトル部の気流を妨げることが少なくなった。このことは、レギュレーションによって失われたリアのダウンフォースを取り戻すのに役立っている。
Zフロア
フロアエッジに沿って渦を発生し、アンダーボディを密閉していたフロアのルーバーやスロットが '21年は禁止されたため、その代替として、メルセデスはフロアの両端をZ形に切り欠き、フロアの表面積を犠牲にして、必要な渦を生成した。
このZ形の切欠きと、そのすぐ前にある波型のエッジでもって、気流を回転させ、フロアエッジの下側へと回し込んでいる。Zフロアは最終的にどのマシンでも取り入れられたが、初見はメルセデスだった。
ただし、W12 はスロットの働きを十分には埋め合わせておらず、開幕後の数レースでは、リアのダウンフォースが大きく不足していた。特に開幕戦のバーレーンでは顕著で、このチームの歴代のマシンが持っていたリアの安定性が見られなかった。
今回のレギュレーション変更は、ライバルのハイレーキコンセプトよりも、メルセデスのローレーキコンセプトに対して大きな打撃を与えたと考えられている。ローレーキカーでは、ディフューザーとリアのブレーキダクト(両者ともベーンの長さが制限された)が、物理的に離れてしまうためである。ハイレーキカーの場合は、サスペンションの動きでディフューザーが持ち上がり、ブレーキダクトに接近するのだ。
これらふたつのコンポーネント間の気流の取り扱いは、ディフューザー周辺の気流を活性化するのに大きな役割を果たす。この部分の働きで、アンダーフロアでのダウンフォースが生まれるからだ。
バーレーンのあと、シルバーストンまでのレースでは、バージボードやディフューザーの細部を変更することで、基本的なリアの不安定さに対処し、セットアップ面でもドライバビリティが向上するような工夫がなされてきた。
このような厳しい状況の裏側で大きなアップグレード計画を進め、それをシルバーストンで投入したのだ。
シルバーストンでのアップグレード
シルバーストンのアップグレードは、その効果ほど、見た目は派手ではない。バージボードの調整、フロアエッジの形状、ディフレクターの角度など、サイドポッド前方の路面に近いエリアを改良している。
アンダーボディへ向かわせていた気流の一部を、車体側面下部に向かわせるのが狙いだ。リアウィングのダウンフォースよりも、アンダーボディのダウンフォースの方が、対ドラッグ効率がおよそ4倍と言われるなか、メルセデスの空力部門がアンダーボディへ向かう気流の総量を減らそうとしたのは何故なのか? 理由は、リアサスペンションが沈み込む高速走行時でのディフューザーのストールを更に促進するためである。
ディフューザーのストールは、どのチームもある程度は利用している。車速が上がると、ダウンフォースは速度の二乗で増加する。マシンのリアはダウンフォースによってサスペンションに押し付けられ、小さくなるディフューザーの跳ね上げ角がある角度に到達すると、フロア裏面の平坦な部分とディフューザーの裏面との圧力差が十分でなくなり、ディフューザーが機能しなくなる。
ストールすることによってマシンは多くのダウンフォースを失うが、それにはドラッグの減少も伴う。ストールに至る速度は、マシンの車高や、サスペンションセッティングによって調整することができる。
また、アンダーフロアにどれくらいの気流を送り込むかによっても、調整することができる。フロアを抜ける気流の総量が少なくなれば、より容易にストールすることになる。即ち、このシルバーストンでのアップグレードでは、一定量の気流をフロアから逸していたことになる。
リアサスペンションのジオメトリにより、負荷によってサスペンションが一定の閾値より低くなるとサスペンションがロックし、更に低い閾値に達するとロックが解除される挙動を実現し、高速走行時はドラッグの多くを軽減しつつ、コーナリングする速度ではダウンフォースを維持したのだ。
このサスペンションシステムは以前から搭載されていたが、シルバーストンのアップグレードによって、より効果的にディフューザーをストールさせられるようになった。これによってメルセデスは、より大きなウィングと大きなレーキ角でもって、更にダウンフォースを得られるようになった。このディフューザーのストールと、サスペンションの沈み込みによる効果は、ドラッグ増加による損失を上回ることを知っていたからだ。
これ以降、レッドブルはメルセデスのストレートラインスピードに追いつくことができず、コーナーでのアドバンテージも大幅に失うこととなった。これが、シルバーストン前後で2台のマシンの力関係が異なることとなった核心であり、メキシコとブラジルは特に顕著で、メルセデスが見つけ出したセットアップによって、ハミルトンはマシンから更に多くを引き出すことができた。
バージボード周辺の格子状の処理を変更(上図)し、フロア側面のエッジ、特に前方部分にも変更を加えている。これらの変更の狙いは、アンダーフロアへ向かう気流を減らし、ボディワークの外側へ振り返ることだ。これは通常、効率的にダウンフォースを得ようとする時の直観に反する方法だが、ストレートでのディフューザーのストールをより容易にしている。
これらの改良によって、メルセデスは史上初の、そして現時点では今後もありそうもない、8年連続のコンストラクターズタイトルを手に入れたのだ。