マクラーレンはシンガポールのアップデートでマシンデザインの新たな方向性を示したのか?

出典:

www.formula1.com

 新しいラジエーター吸気口が目を引いたマクラーレンシンガポールでのアップグレードだが、これは MCL36 への最も大きな空力面での改良ではないのかもしれない。F1 の技術エキスパートであるマーク・ヒューズが、ジョルジョ・ピオラの技術イラストと共に、シンガポールでのマクラーレンの改良を詳しく確認していく。

 マクラーレンは、マシンにあらゆる車高で一貫した空力パフォーマンスを発揮させる方法を模索している。どのコーナリング速度域においても、安定したバランスを得るためだ。

 どんなマシンであっても、高速コーナーになればなるほど、空力によってサスペンションが押さえつけられ、車高は低くなる。逆に低速になるほど車高は上がり、気流の速度が鈍り、その流れのかたちが崩れて、気流は分離してしまう。

 チームは出来るだけ大きな調整幅を得るため、高速域から低速域にかけて、可能な限り一貫したカーバランスを得ようと努力している。一般的に、フロントとリアのバランスを保てる速度域が大きいほど、得られるダウンフォースの総量は大きくなる。アンダーボディ後方の気流を低速域でも上手く扱うことは、この点において非常に重要である。

マクラーレンは、コーナリング時のフロントとリアのバランスの調整幅を広げることに取り組んでいる

 マシンの多様な表面形状によってこの気流は形作られるが、この設計にあたり、高速域でのダウンフォースを減らすことは、もし低速域で気流が安定し、アンダーボディを抜ける気流のストールを緩和することが出来るなら、利点ともなり得るのだ。

 これは、マクラーレンの技術チーフであるジェームス・キーがシンガポールで仄めかしたことでもある。「見ることはできないが、現在アンダーフロアでは、多くの細かい部分で開発が始まっている。グランド・エフェクトの基礎から外れたような形状や物が沢山あるけど、実際にそれらが違いを生み出している。見えないところにある物が、最も効果的なパーツなんだ」

 キーの言うグランド・エフェクトの基礎とは、ヴェンチュリー・トンネルによって生まれる(気圧の低い)アンダーフロアと(気圧の高い)マシン上面との気圧差が大きいほど、より大きなダウンフォースが発生するというものだ。しかし気圧を低くしようとして、トンネルをより大きく、より極端にしていくと、低速域でストールする傾向が強くなってしまう。

 アンダーフロアが車体上面の助けを最も必要とするのは、低速域の車高が上がった状態で、この圧力差を維持する時であり、つまりこれがキーの言う『理屈に合わない』改良によるパフォーマンスの向上なのだ。

右の新コンセプトのサイドポッドでは、左の旧コンセプトに対して、吸気口の上辺を後退させることで、ラジエーターの傾きを少し強くしている

 注目が集まったラジエーターの改良は、フロア前端のトンネルの吸気ベーンとフロアエッジと共におこなわれたが、これはアンダーフロアの後方部分を車体上面によってより機能させるための一部に過ぎない。

「このパッケージでは、カウル内部の機器に数多くの改良を加え、これによってカウルの形状に手を付けることが可能になっている」と、キーは語る。これは新しい吸気口の奥にあるラジエーターの角度のことを指しているのだろう。吸気口は上辺が切り取られて後退している(下辺はそのまま残されたため、“棚”のような形状となった)。

 この後退によって、サイドポッド全体の傾斜角をより大きくすることができ、この傾斜が、マシン後方に向け気流を力強く加速させ、アンダーフロアと車体上面との圧力差を生むのだ。ラジエーターの傾きをより大きくすることで、吸気口の上辺を後退させられたのだろう。

キーはこのアップグレードを、「コンセプトの変更を交えた理にかなったもの」としている

 フロア前端のトンネル入口のベーンとフロアエッジの改良は、一貫してマシン後部の気流の加速を狙ったものだが、もしかしたらアンダーボディへ導く気流を犠牲にする場合もあるかもしれない。使える空気の量は限られているので、空力担当者は常に、気流をアンダーフロアと車体上面とに振り分ける妥協点を探し求めている。

 これらふたつの気流の圧力差によってダウンフォースが生まれるが、この圧力差は、速度や車高によって変化する。

 この妥協点をどこにするかはラップタイムによって決まり、マクラーレンは目下、この妥協点を精緻なものにしようとしているのだ。レッドブルフェラーリが優れている原因を他のチームは理解し始めており、これは、この先のマシン設計の方向性の手掛かりになるものだ。

「このアップグレードは理にかなったものだ」と、キーは続ける。「フランスのアップデートに続くものではあるが、コンセプトが全く異なるものも含んでいる。新コンセプトの第一歩でもあるんだ」