前回開催のトルコ、メルセデスは予選で5秒を失っていたが、その理由は?

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 今回のイスタンブール開催を前に、昨年の奇妙な状況を振り返ってみよう。2台のメルセデスは予選でポール・シッターのランス・ストロールに5秒離され、レース序盤、ルイス・ハミルトンは先頭から5秒遅かったものの、結局、およそ30秒の差をつけて優勝した。

 これは、タイヤの作動温度領域と、その性能によるところが全てだ。今週末も同じような状況になるのだろうか? 恐らくそうはならない。今年は数週間早く開催されるし、ドライになるかもしれない。また、昨年の路面は再舗装から10日後だったが、今年は1年間寝かされている。

 一方、この2020年の状況によって、タイヤが機能するメカニズムが顕になった。そしてこれは、レース週末の各段階で、それぞれのマシンがパフォーマンスを発揮するパターンが異なることの理解に繋がる。

 タイヤをきちんと機能させるには、作動温度領域(通常、90~120℃)に入れる必要がある。普通の状況であれば、ピットからのアウトラップでのコーナリングやブレーキング時の負荷でこれを行い、フライングラップに入るときにタイヤを理想的、あるいはそれに近い温度にする。

 しかし、トラックのグリップがあまりにも低く、コーナリングやブレーキングでタイヤに負荷かけられなければ、タイヤの温度が作動温度領域に届かず、必要な負荷かけるだけのグリップの無いタイヤは冷えたままで、更にグリップを失ってゆくという、負のスパイラルに陥る。

 メルセデスのアンドリュー・ショブリンは、昨年の状況をこう説明している。「タイヤとその温度の問題として、冷えている時は、2, 3℃ の違いで状況が違ってくる。高ければグリップを使えて温度も上昇していくけど、温度が低ければ、ラバーはプラスチックのようでグリップを得られず、どんどん冷えていく」

「このフェイズを切り替えるために出来ることは、多くないんだ」

 この冷えて “プラスチックのような” 状態のタイヤと、適正な温度のタイヤとでは、ラップタイムの差は、コンマ何秒というものではなく、数秒の違いとなる。ほんの少しでもラバーの温度がしきい値を超えれば、突然スイッチが入るのだ。

 漸進的ではなく、スイッチのような変化。だからこそ、重量配分、サスペンションのジオメトリ、空力パフォーマンス、ホイールリムに伝えるブレーキ熱などの僅かな違いが、ポール争いか、そこから5秒かそれ以上遅れるかという大きな違いを簡単に生んでしまう。昨年のメルセデスのように。

 このパターンは、予選と決勝の両方、ウェットでもインターミディエイトでも、繰り返された。レーシングポイントは、1周する間に、素早くタイヤをしきい値以上に温めていた。

 レッドブルはラバーのスイッチを入れるのに2周を要していたが、メルセデスは数秒の遅れを解消するのに7周も必要だった。予選では、7周もの連続走行をしている余裕がない。しかし決勝では、ハミルトンのタイヤの温度は、最終的にその魔法の切り替えポイントに到達したのだ。

 そのポイントに到達してからは、彼はトラックでほぼ最速だった。更に、最初の数周でタイヤのラバーをそれほど失うことがなかったため、レース開始時に上位を走っていたレーシングポイントやレッドブルよりも少ない1ストップで完走することができた。

 その温度によってタイヤのパフォーマンスが大きく変化する理由を知るためには、グリップが生まれるメカニズムに注目する必要がある。これは、スリック、インター、ウェット、すべてのタイヤで共通のことだ。グリップには、タイヤの接地面が路面を掴む “機械的な” グリップと、路面に分子レベルで結合する “科学的な” グリップがある。

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昨年のトルコGP 予選、ハミルトンはタイヤを作動領域に入れることができなかった

 ラバーは粘弾性であるため、負荷に対してリニア(線形)には反応しない。コーナリングの負荷による入力が許容範囲にあるうちは、正反対の方向に反発する力が発生する。

 このバネのような反発力によってグリップが発生する。そして、この負荷と反発のメカニズムが起こる速度は、接触度数と呼ばれている。

 柔らかいコンパウンドは路面と強く結合し、このプロセスはより強力になる。ただし、ある程度までの話だ。コンパウンドに対して負荷が高すぎると、接触度数はラバーが許容できる負荷を凌駕してしまう。これでは十分な早さでたわむことができない。

 故に、より大きな負荷のかかる路面には、より硬いコンパウンドが必要になるのだ。負荷がタイヤの許容範囲内であれば、エネルギーは吸収され、熱が発生する。タイヤの温度が上がるほど、ラバーは柔らかくなる。しかし、接触度数も増大するため、より困難になっていく。

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昨年のトルコGPランス・ストロールの走りは素晴らしく、タイヤを機能させて、初のポールポジションを獲得した

 このように反対方向にふたつの力が作用しているため、温度とコンパウンドには、スイートスポットが存在する。そこでは、コンパウンド接触度集が均衡しており、理想的な組み合わせになっている。これは “ガラス遷移” と呼ばれており、エンジニアはタイヤをこの状態に保つことを目指している。

 路面が滑りやすく、接触度数が減少し、温度が不足している場合は、タイヤは硬く、弾力がないままで、科学的な結合も、機械的なグリップも、発生させられない。

 このメカニズムは当たり前のように起こっていることだが、昨年のイスタンブールのような極端なコンディションでは、それをより目の当たりにできた。今週末はサーキットの様子はどうなっているのか、見てみようではないか。