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メルセデスがモナコグランプリの週末に注目を集めるであろうことは、前々から分かっていた。遂に、マシンに大規模なアップデートが施されたのだ。先週お目見えしたアップデートは、様変わりしたサイドポッドと、フロントサスペンションの変更からなるものだが、今回は、その新しいサスペンションに焦点を当てる。
上段ウィッシュボーンの前足が、以前よりもかなり高い位置にマウントされていることが分かる。この上段ウィッシュボーンの前足と後ろ足とがなす角度は、アンチ・ダイブ特性の変更を狙ってのものだ。以前のメルセデスはこの角度が約15度だったが、前足を上方へ移すことにより、約30度に拡大している。
サスペンションによって、ブレーキング時にマシンがダイブしにくい素性を持つようになると、車体の空力プラットフォームの妥協点が緩和される。現行のグランド・エフェクト・カーは、フロアを極端に低くして走行することで、アンダーボディで発生するダウンフォースを増大しているため、この緩和は非常に重要になる。簡単に言うと、ダイブが少なくなれば、その分、フロアを低くすることができるため、アンダーボディのダウンフォースが増加するのだ。
ダイブの傾向が弱まることで、車体が水平の時とブレーキングの時とで、空力による圧力(ダウンフォース)の重心移動が少なくなり、減速し立ち上がるまでのコーナリング時の様々な段階において、バランスの一貫性を得ることが容易になる。
一般的に現行のマシンには、アンダーブレーキングで不安定になり、コーナーの中間でアンダーステアになる傾向がある。これらはふたつとも最悪で、アンダーボディのヴェンチュリ形状のスロート部が、レギュレーションによってマシンのかなり後方に位置していることに起因している。状態が安定したコーナリング中には空力的にリアが強くなるが、マシンがダイブするアンダーブレーキングではそれらの多くが前方に寄るため、リアが不安定な感覚になるのだ。
しかし、アンチ・ダイブ傾向のサスペンションには欠点もある。ブレーキング時の負荷がサスペンションを通して伝わる過程でダイブが抑制されると、ドライバーがペダルを踏み込む強さによってフロントホイールにかける荷重を調節しようとする時に必要な感覚が薄れてしまう。
ウィッシュボーンの前足を高くマウントすることは、コーナリング中の横方向の動きにも影響を与える。マシンのフロントのロールの中心点(コーナリング中のマシンのロールの中心で、架空的なもの。この位置が高くなると、ロール量も大きくなる)が高くなるのだ。
同様にリアサスペンションにもロールの中心点がある。フロントとリアのサスペンション、これら両方のロールの中心点を結んだ線(ロール軸と呼ばれる)をイメージすると、F1 マシンではノーズ側が低い(つまり、リアのロール中心点がフロントよりも高い位置にある)。
この仮想線の角度によって、マシンがオーバーステア傾向になるか、アンダーステア傾向になるかが決まる。フロントの中心点を高くして、前後のロール軸の角度を浅くすると、特に低速コーナーにおいて、アンダーステアの傾向が強まることになる。
つまり、サスペンションの機械的な働きにおいて、大きな妥協が存在しているのだ。しかしメルセデスは、この変更を他と合わせておこなうことで、空力的な改良の一部にしている。メルセデスは新しいサイドポッドによって、可能な限りの気流を側面のチャネルからフロアエッジへ向けて吹き下ろそうとしている。
サイドポッドのチャネルは、気流をリアのディフューザーの上へと導いている。フロアエッジでアンダーフロアを密封することで、フロア裏面の気圧を大きく低下させ、マシンを路面に強く吸い付けている。アンダーボディへ向かう気流は、サイドポッド裏面のアンダーフロアトンネルの吸気口から入ってくる。
メルセデスは、新型の前足が高いウィッシュボーンをプッシュロッドで実現し、上下段それぞれのウィッシュボーンの後ろ足に気流をダウンウォッシュする形状を持たせて、トンネルの吸気口とサイドポッドの下、フロアエッジへと導いている。
これらをレッドブルがフロントに採用しているプルロッドサスペンションで実現することは難しかったのだろう。プルロッドは、他のサスペンションアームとは逆の方向に配置することになる。しかしメルセデスはプルロッド方式により、プルロッドの方向を同じにした。
メルセデスは既存のタブ(訳注:モノコック、サバイバルセルを指す)も変える必要に迫られている。今のタブは大きく異なる空力パッケージ向けに設計されたものだ。しかしそれでも、空力開発において新たな可能性を切り開くことが可能になった。